齧歯類みたいに木の実を齧っていた、ぽりぽりぽり。
左前歯の裏っかわがいやに煩わしい。
左前歯の裏っかわを撫ぜると木の実の皮が込まっていた。
齧歯類みたいに木の実を齧り続けていた、ぽりぽりぽり。
すると、またしても左前歯の裏っかわがいやにこそぐったい。
左前歯の裏っかわに込まった木の実を爪先で引っ掛けようと腐心する。
左前歯の裏っかわは目が届かないので指先の感覚が頼りだ。
左前歯の裏っかわからぽろっとなにか外れたので指先に載せて眺めると、それは木の実の皮でなかった。
少し黄ばんだ白色の小粒。
噛んでみるとガチッと音がして砕けない。
「あ、これ歯ぁかぁ。歯っ歯っ歯。」
なんて呑気している場合でない。
すぐに洗面台に行って、プラスチックの先に鏡が付いた道具で左前歯の裏っかわを映した。
左前歯の裏っかわには小さな穴が空いていた。
虫歯かしら?とも思うたけれど、そうでもないらしい。
むず痒いので左前歯の裏っかわを爪でいじると、爪より歯の方が固いため、先がギザギザになってしまった。
うーん、困った。
自分は大の歯医者嫌いである。
怖い、痛いなんて子供のような言い分でなく、単に歯医者という存在が嫌いなのだ。
おそらく幼少の頃初めて診てもらったあのヤブ医者のせいだろう。
長時間、身体の自由を奪われたまま、くわっと見開いた両目で睨まれ、口内に金具を突っ込まれた。
正気の人間のすることではない。
それ以来トラウマになってしまった。
急を要するようになったら予約の電話を入れよう。
ただ、このままいくと左前歯の裏っかわが少しずつ欠けてなくなってしまうかもしれない。
左前歯が空いていると、顔に締まりがつかない。
ただ、もともとが大した顔でもないので、それはそれで面白いかもしれない。
左前歯の裏っかわの内側を舌でいじると、明らかに違和感がある。
あ、またなにかとれた。
- 作者: 平坂読,ブリキ
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