ツチヤンの生活日記

将来にはのび太くんになりたい24歳 ♂ in 名古屋 (・土・) 。※このツチヤンはフィクションです。

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井の中の蛙を笑うな No.029

井の中の蛙大海を知らず」なんてのは荘子の格言で、その義は周知の通り、物や世間の道理を知らず視野の狭いことである。

古池や蛙飛び込む水の音、なんて芭蕉の句もあり、水辺と蛙。
この二つの静謐な佇まいを浮かべると、なんとも乙なもので井の中の蛙というのも、その様子の限りでは趣を感じられる。


この慣用句は井の外から、大海側から蛙を観測したものの言い分である。
井の中のぐぶぅぐぶぅ鳴いている蛙を覗き込んでは、やれ跳ねただのやれ泳いだだの一挙一動をせせら笑っている。

我々は井の外、即ち大海側。
押し並べて言えば地球、太陽系、銀河系、宇宙に存在する。
しかし井の中から大海が窺い知れないように、この世界のさらに外側には我々には認識できない世界、次元があるのかもしれない。
そうすると誰も気づかないがこの世界は井の中ということになる。

その大海側では、未知の存在が我々の一挙一動に抱腹絶倒、或いは切歯扼腕しているだろう。
もしかしたらそれが膨張する宇宙の外側であったり、宗教の示すところの輪廻、神の国であるのかもしれない。

井の中は一生をかけても掴みきれないほど広大である。
つまりは釈迦の掌の上の孫悟空
そう考えた時、我々は蛙を滑稽と笑うことはできない。


ただ、これはあくまで慣用句、慣用のための例示に過ぎないと言われたら無論全くその通りで返す言葉もない。

このような妄言をこの井の中では屁理屈というのだ。
つまり屁の蛙。ってそれは河童だ。阿保。