我が家の前には川が流れている。
よいお散歩コースなので日々、じいちゃん、ばあちゃん、にいちゃん、ねえちゃん、おとこのこ、おんなのこ、猫、鳩、烏、亀、虫、その他魑魅魍魎などが行歩している。
毎朝4時にラジオを流しながら家の前を通り過ぎる爺さんや、歯磨きをしながらランニングするおっちゃんもいる。
犬を散歩させているおばちゃんもよくいて、はっはっはっと舌をちろちろさせながら、とことこ動くあの愛くるしい生き物を見ると、思わず撫でてやりたい心になる。
しかし悲しいかな、いきなり20代男性が寄っていっても怪訝な顔をされかねないご時世である。
全くもって無害を主張したような笑みを浮かべて近づくも、おばちゃんはこちらに見向きもせず足早に去っていく。
どうにかわんちゃんの方から寄ってきてもらえないだろうか、せめてわんちゃんの方が寄ってきてくれたなら、わーかわいいわんちゃんですね、はっはっはっ、撫でてやってもいいですか?、ええどうぞ、はっはっはっ、なんてコミュニケーションも生まれよう。
なんてことを平生案じているうちに技を生み出してしまった。
向かいからやってくるわんちゃんとすれ違うほんの手前から、足を地面に擦り付けるようにして歩くのだ。
そうすることで靴裏と地面が擦れ、ずざっと音が鳴る。
するとわんちゃんがこちらに反応してくれるという寸法だ。
そんな手を使って、川辺を日々行ったり来たり戻ったり戻らなかったりするうちにわんちゃん(とその飼い主のおばちゃん)の知り合いがどんどん増えていった。
川を歩けば知り合いのわんちゃん。
うん、悪くない。
ただ知り合いがあまりに増えすぎてしまった。
「あら土○くん、久しぶり」
「これは奥さん、以前アルバイトでお世話になりまして」
「最近どーなの?」
「はい、ぼちぼちやらせてもらってます」
「ところで聞いたわよ、王子」
「王子?なんのことでしょう?」
「土○くん、ここらのわんちゃんの飼い主さんに王子って呼ばれているんでしょう?」
「 」
3日くらい表に出られなかった。
大火事である。
その後も暫く川沿いを歩く時はわんちゃん(とその飼い主さん)に出会わないよう気を張っていたことはよく覚えている。